マスクを外した瞬間の脳の反応
― 統合失調症では「推測」と「現実」のズレへの応答が弱まる
このたび、私たちの研究論文が国際学術誌 Frontiers in Psychiatry に掲載されました。マスクで隠れた顔が現れる瞬間の脳の働きを脳磁図(MEG)で計測し、統合失調症では「頭の中で補っていた顔」と「実際に現れた顔」とのズレに対する脳の反応が弱まっている可能性を示した研究です。

背景:脳は「予測する器官」
脳は外界をそのまま写し取っているのではなく、これまでの経験から絶えず「次に来るはず」の予測を立て、実際の感覚入力との食い違い(予測誤差)を手がかりに、頭の中のモデルを更新し続けていると考えられています(ベイズ脳仮説)。統合失調症では、この予測の「確からしさ(精度)」が低下することが幻覚や妄想の背景にあると想定されており、私たちはさらに、不正確な予測誤差が学習を過剰に駆動するという「過剰学習仮説(Hyperlearning Hypothesis)」を提案してきました。
こうしたズレの検出を調べる代表的な指標にミスマッチ陰性電位(MMN)がありますが、単純な音の繰り返しに混じる逸脱音を用いるものが主流で、「見えない部分を自分で推測する」という日常的な場面は扱えませんでした。
実験:マスクが外れる瞬間をとらえる
そこで本研究では、社会的で身近な題材として「マスク顔」を用いました。参加者はまず下半分がマスクで隠れた顔を見て、続いて同じ人物の素顔を見ます。比較のため、素顔を先に見てからマスク顔を見る逆順の条件も設けました。マスクが外れた瞬間には、隠れた部分について頭の中で補っていた推測と、新たに得られた実際の情報との間にズレが生じます。私たちはこれを「推測―感覚ミスマッチ(inferred–sensory mismatch: ISM)」と名づけ、ミリ秒単位で脳活動を追えるMEGで計測しました。顔は、個人の顔と、10人分を合成して特徴を平均化した「平均顔」の2種類を使用し、統合失調症のある方18名と健常対照者18名のデータを解析しました。
結果
健常者では、個人の顔のマスクが外れたとき、顔が現れてから234〜511ミリ秒の間に左側頭部のセンサー群で明確な反応差が認められ、信号源推定では左の島皮質付近の関与が示唆されました。一方、平均顔では明確な反応はみられませんでした。特徴の乏しい平均顔は、そもそも頭の中の推測と大きく食い違わないためと考えられます。
統合失調症群では、いずれの条件でも明確な反応は検出されませんでした。全センサーを対象とした群間比較では統計的補正後に有意差は残りませんでしたが、健常者で反応が得られた領域に絞った補足解析では、統合失調症群での反応の減弱が示されました。症状評価尺度との相関は認められず、この点はより大きなサンプルでの検討が必要です。
意義と今後
今回の所見は、統合失調症では知覚的な推論の精度が低下しているという予測処理の考え方、そして私たちの過剰学習仮説と整合的です。島皮質は、感覚入力と内的な予測の食い違いを検出して注意の切り替えを促す領域として知られており、その機能変化が関与している可能性があります。ただし本研究は参加者数が限られ、予測の精度を数理モデルで直接推定したものではありません。今後は、より大規模なサンプルと、精度をより直接的に測定できる実験設計での検証を進めていきます。
【論文情報】
Sunaga M, Takei Y, Kato Y, Oi R, Imai K, Fukasawa K, Shigihara Y, Fujihara K, Sekiya T, Fukuda M, Jinde S. Attenuated inferred–sensory mismatch during masked face recognition in schizophrenia.
Frontiers in Psychiatry. 2026;17:1749435.
doi: 10.3389/fpsyt.2026.1749435
群馬大学大学院医学系研究科 神経精神医学教室